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中大4年の風雲児が担当の記事 twitterは、https://twitter.com/#!/giantboyzです。

2010年12月26日 (日)

For Malaysia Friends ~special edition~

Hello!!

This blog is shared with my friends, and we usually write this blog in Japanese language, but only today, I wrote in English to say great thanks for Malaysian Friends.

 

I came back to Japan from Cambodia, I enjoyed sightseeing in Cambodia.

There are many world heritage for example Angkor Wat.

However I think there are more beautiful and brilliant memories in Malaysia than Cambodia because there are many encounters with friends and we share difficulty but fun experience in Malaysia.

I think this experiences are treasure for life forever.

 

Please keep in tough with me through facebook. And when you visit to Japan, please inform me.

I'll be you guide in Japan.

 

 

agenda

1.For friends in MyLDS

2.For UKM AIESECers

3.For UKM friends excluding AIESECer,

4.For friends who live in Kuching

 

1.For friends in MyLDS

As you know, I was a only participant who came from Japan but I'm not AIESECer in Japan.

I was one of UKM AIESECer as an intern student.

Before MyLDS, I joined UKM AISEC project for   4 weeks+α. So I was not international delegate nor representative of AIESEC Japan. Maybe this fact made you confused.

Due to this condition, my sugar cube was at UKM area, if you searched me at international delegate area, I'm sorry. And also, I want to say sorry for that I couldn't reply sugar cube for many people. But I certainly receive your sugar cubes and read all of them two or three times.

Thank you very very much for your sweet messages that cheered up me and for your kindness through the MyLDS.

 

P.S

Special thanks for Teammate(group 3).

I really proud of Sisco(our team) and the experience of winning of MyLDS. I got too much shampoos to bring them back to Japan.haha

 

 

 

2.For UKM AIESECers

I stayed UKM from 9th Nov, so some friends meet me in the former days in this staying. Some   friends meet me at pre-MyLDS. Others friend meet me at meeting. There are so many and various encounters.

I really enjoyed to work and have meetings with you! Also I enjoyed so much going sightseeing with you guys! Midvalley, KLCC, Bowling ,Malacca, LCCT etc.

 

However I think the best memory of Malaysia is the MyLDS. Then we share the tough experience that we can't sleep less than 4 hours, bad condition of accommodation, and not tasty food and so on... These tough experience changed for fun and funny memories.

 

And of course dancing roll call and square dances with you guys were very very fun.

Whenever I listen the songs that were used in  roll call and square dances, these remind me the scene of MyLDS. Therefore it's happy to remind you guys about me when you hear or do the Japanese roll call, for example, Yoga-chinchin.haha

 

In the result, I believe I and UKM AIESECers became real “NAKAMA” (なかま) through these experience.

 

13907

(sorry Sexy Cheng.haha)

We are “SUGOI”(すごい)!!

 

I'll never forget you guys!!

Finally I want to express my thanks for you guys and I hope EYLN will be succeed from bottom of hearts!!

And I always miss you guys and I'm looking forward to seeing your pictures!! Please tag me sometimes.haha

 

P.S

I'm worried if I infect you my fever and cought becauise I had fever before Pre-MyLDS and I did cough many times...

If you are bad health, take care!!

 

 

 

For some friends,

I'm sorry for not being call your names.... because of my poor abilities to remember the name and pronounce the Chinese name....

Even if I didn't call your name in MyLDS or Pre-MyLDS, I'm sure I remember you guys!!

Please keep in tough with me.

 

 

 

3.For UKM friends excluding AIESECer,

For for example Loong(my roommate) and his classmate, thank you for you guys!

I enjoyed going lunch and dinner with you guys! I was really amazed to see and hear your earnestness because you have seriousness for studying and interest in Policies .

Although accommodation(Zaba) are Severe, I enjoyed staying and survive in UKM Zaba, I own you guys,

I'm sorry and I feel sad that I couldn't say “see you again”  face to face. But I'm sure I receive your letter from Loong !! I really appreciate you guys!!

 

 

For Ken and his friends....

I'm very sorry and I feel sad that I couldn't say “see you again” face to face. And thank you for invite the dinner to eat satay! That taste of satay and coldness in the bus that we rode to go back to UKM.haha

 

 

For Gan

Did you remember we met at same restaurant that we had been to together.

That was very fun. Thank you!!

 

 

4.For friends who live in Kuching

For Paula-san and Stella and other Kuching friends, especially Mama-san

I think Kuching is strong memories because of Geraldine family and her friends.

I enjoyed  I never forget.

 

Especially Paula-san, I was amazed and surprise your powerful and kindness.

I think we are tired staying and hiking Bako National park but you were so Genki and go your work without scruple in the next day. Haha

Please keep studying Japanese language and I think you can be a top of Shinjuku Baishunfu.haha

 

For Mama-san I appreciate for that you take care for me and treating me. You are much more kind than my real Mama-san. The bag that you repaired is my treasure now. I'll send you my pictures when we took in garden with your vegetables.haha

I've already heard your address  from Geraldine so please look forward my pictures,haha

Paular-san do you need Japanese food or toys??

 

 

For stella

Do your best in your relationship with good guy!! haha

I approve your hide skill of Japanese, and your charming, don't be shy!

I hope you will be succeed in your aim for your lover.haha

In the last I want to say "Thank you" again, and I never forget this trip!!!

Thank you!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

I'll be back to Malaysia someday!!

 

 

2010年12月12日 (日)

マレーシア滞在紀 ~マレーシアの学生への質問2~

どうも、最近体調を崩して、発熱、腹痛、口内炎などなどの症状に悩まされていました。

せっかくの美味しいマレーシアの料理も満喫できない、口内炎でしゃべるのも痛い…といった

マレーシアにいるのにとても損をしている気分になる生活を送っていました(;ω;)

やはり、旅やこういった海外での活動だけに限らず、健康が第一だと改めて実感させられました。。。

ということで、

前回に引き続きtwitterでいただいた質問に答えていきたいと思います。

 

 

>自国の何に対して問題意識を抱えているか(政治や経済など)、それに対してマレーシアの若者は解決策を考えてるのか?(マレーシアの若者は日頃ディスカッションとかするのか)


 

前回も出てきた②の学生たち、ルームメイトとそのクラスメイトたちに聞いたところ

 

「国会や議会の雨漏りがよくないよね。」って…

 

ん?

こいつらふざけてるのか?それとも俺の聞き間違えか?と思ったら、その後がなんとも印象深い…。


 

「こういった公共の施設の雨漏り修復工事(部分的な工事)に、多額の税金が使われていることが問題だよ。

 

立て替えるのにまずお金がたくさん投資されて、さらに一部を直すだけの作業にも多額(具体的金額は忘れましたw)が注ぎ込まれている。

 

これは賄賂とかもあるだろうし、政治家のポケットにお金が行ってるからひどいもんだ。

 

建設問題だよ、建設問題、だから雨漏りが問題だよ」


 

と言い、国内政治の腐敗について痛烈に批判していた。


事前知識として、マレーシアでは首都であるクアラルンプール(以下、KL)から

 

 

行政や政治の機能をプトラジャヤに移転する計画が進んでいる(正確には議事堂をKLに残し法律上も首都をKLとしているが…)

日本で言う埼玉北部から栃木南部くらいの広い土地に国会議事堂やら議会、省庁を移して

1つの巨大な行政ビル街を築いた(まだ言ってないけど、車がないと観光が難しいほど大きな街らしい)


だから、移転したばかりの街でもう修復工事!?しかも額が信じられんぞ?!って感じなんだろうと思った。

 


今までは国の発展のために、政府主導で開発が行われ、人々のニーズを満たしていくし、それに人々は満足し欠乏を満たしていく

やがて人々が豊かになりだすと、そういった行政の腐敗であったり、利権を争う政治家たちの出現、1党独裁の体制に懐疑的になりだす。

そして自然と人々の目線はそういったいわゆるズルであったり甘い蜜を吸っているものに批判の目を向け始める…。


なんか日本の戦後の歴史にかぶってみえるところがあって面白かったな。


 

で、マレーシアの学生側からは、「日本はこういった金の話はどうなんだ?」って言われたから

「日本は政治での資金の法律が厳しくなっているよ。それでもたまに事件はあるけど、むしろメディアとかの監視が厳しすぎて行政にかえって悪い影響を与えている気がするけど」

このような個人的な見解を述べさせてもらいましたが、

経済発展→政治腐敗→民衆のデモ→ルールの制定→…

今後マレーシアの政治がどうなっていくのか楽しみですね。

 

 

 

というのも、「マレーシアはデモ活動が厳しく制限されている国なので、若者が立ち上がることが出来ない」国であるらしいので。

 



また、他の学生はブミプトラ政策が最大の問題だと述べていました。

「プミプトラ政策はマレー人にしか良い点がない。中華系やインド系にとっては悪いことしかない。

特に少数のインド系には厳しいものだ。大学や職業の制限がされるから、不平等だ。

さらに、この政策のせいでマレーシア企業の国際化は遅れいてるし、マーケットの魅力も無くなっている。

特に金融では上場企業の30%の株式をマレー人に優先配分しないといけないから外資や外国からの投資の対象として魅力が無くってるよ。

この政策が無かったらマレーシアはシンガポールよりも発展してたと思うよ」

 


と、一気に続けて書いてしまいましたが、昼食と夕食に続く彼の主張を簡単にまとめるとこんな感じです。


特に印象的だったは、まわりのマレー系の位置を確認してから「I hate that policy」とhateって単語を使っちゃっている点でしたね。

あと、シンガポールへの憧れや完全に別の国という意識だと言っていたのに、やはり、経済の発展度ではシンガポールに負けているという意識があるようでそれはそれで面白い。

 


解決策はやっぱりデモなどが厳しく規制されているので無理だから勉強しかないみたい。

勉強するしか現状としてはないらしい。。

 


他の学生でもブミプトラ政策に関しては同じような不満を言っていたし、もう少し個人ベースの問題に落とし込んだ質問とかもしたんですが、文量が多くなるので今回は控えておきます。

 

 



また、別のボルネオ島のサラワク出身の学生は

サラワクやサバ(どちらもボルネオ島の州)はKLに搾取されている!といっていた。

KLはマレー半島にあって、そちらにもスズなどの鉱山資源はあるが、サラワクには、石炭、原油、天然ガス などの資源がある。→しかも石炭以外は世界シェアの1%を握るほどの産出量であるらしい。

なのにインフラとかの整備とか遅れてるし、今では生活必需品も朝は通じないし時に夜も…!!!!


という不満を言っていました。けどなんだかんだで幸せそうだったので、たいした問題ではないのかもww

中心街は立派な町並みだったけど、確かに郊外の道路はけっこうボコボコだったりするし、

なによりネットが住宅街全体でつかえなくなったりするらしい。

そして彼らはネットが使えなくなることを「suck」という表現を使っている。

suckには搾取って意味があるから…ってのはちょっと自分の考えすぎかな?(ひどいって意味が性格だと思う。)


 

ただ、日本とマレーシアという全く違う国なのに、夕食を囲みながら、もしくは、お酒を片手に自国の政治について不満を垂れると、普段は日本の政治ばかりを憂えたり心配してたけど、どこの国も政治への不満ってあまり変わらないんだなぁ~と妙に親近感がわいてきた日々でした。

 

2010年12月 3日 (金)

マレーシア滞在紀 ~マレーシアの学生への質問~

前回は、こちらの学生について書いたんですが、書いた後で文章や内容の稚拙さに自分でも驚いてしまいました。

 

なんというか、一般論的なことを自分の経験と結び付けているけど、けっきょく一般論に終始しているというか…。

 

 

本来なら今回はブミプトラ政策について説明しようと思ったのですが、一般論やすでに説明などがあるものに関しては

 

wikiとかで調べていただいたほうが分かりやすそうなので

 

 

今回はtwitterで募集した質問や疑問について答えていこうと思います。

そっちの方がマレーシアの大学にいるオリジナリティも出るかなぁと。

 

そしたら自然とブミプトラなどに繋がってしまったのが不思議なんですけどね。

けど、長くなりすぎたので、それは次回w

 

 

 

今回の対象者は①マラッカに一緒に行って、独立宣言記念館(マレーシアの歴史)や海の博物館(海に関する歴史を展示)に一緒に行った4人の学生(AIESECの学生)や、

②私のUKMでのルームメイトとそのクラスメイトたち(こちらは理系の中華系の学生)です。

 

 

 

>東南アジアの人たちが植民地支配をしていたヨーロッパ諸国に対してどんな感情を持っているのかも気になります!

 

①ポルトガルやオランダに関しては、歴史の授業でならったことという認識であるそうです。

そういう事実があって…歴史がこういう流れで…イギリスになったんだ。って感じで特に思いいれもない様子。

学校でやったことを思い出しながら博物館を周る姿にちょっと驚いたけど…。

 

イギリスに関しては後述。

 

 

日本の戦時中の行いについて

>今の学生がどう思ってるかは興味あるねえ。教育とか歴史観が反映されるわけだから。

 

①こちらも博物館では特に上記の国と同じ扱い。マレー作戦の中の、「自転車知ってるよ~」とか、日本の学生よりもさすがに詳しいけど、反日感情があるわけでも、日本のお陰で次のゾーンのナショナリズムの高まりに続いたって感じではなかった。

これは歴史教育の問題だろうと後から気づいたので、これも後述。

ただ日本の占領下での善良な統治に関しては、評価しているようだった。

 

P1060482

②ルームメイトたちへの質問で、どうなんだ?って聞いたときには

やはり日本の史実については詳しい。しかし、どうやって教えられるかというとやはり勝者の歴史ではないが、

 

あくまで連合国に対して、反旗を翻した日独伊の3国の1国ということで、

そのときの日本を取り巻く状況や中国や米国との戦前の微妙な関係、アジアで大東亜共栄圏を掲げて宗主国を破ったことでナショナリズムの高まりを起こしてアジアの独立に貢献した、

という意識は薄いのかなぁ?と感じた。

 

むしろ歴史教育では、前述のとおり「マレーシアで何をした?」ということに注力を注がれているようだった。

 

しかも1人の学生に関してはおじいさんだか、曾おじいさんが戦時中に中国にいたので

WWⅡで日本は中国に酷いことをしたし、酷いことをされたと被害者的に聞かされているから、むしろWWⅡ中の日本への印象は悪いといっている学生もいた。

 

あくまで予測だけど、当時のマレーにいた中華系の人たちも、日本軍からは恩恵をウケルどころか迫害をうけていたのかな?と思った。

 

ただ、マレー系住民に関しては、統治も良かったし、WWⅡ中の日本は印象はいいのでは?と言っていた。

 

公的な教育以外で価値観や歴史観を形成する要素として、親族や尊属から言われたことが大きいというのは、これは面白いと思った。

 

 

イギリスに関しては、②の学生たちにちょっと色を変えてみて質問してみました。

内容としては韓国や中国の反日感情やデモの話。未だに謝罪を要求されている現状などをと対比して言うと…

イギリスに対してはアンチではなく、むしろ、驚くほど好意的だった。

まずマレーシアの発展の基礎を作ってくれた役割が大きい点。

マレーシアはあくまで資源国家であるから、それを取引する国だったり、製品化に結びつけるという役割を担う国が必要であるから。

 

それに独立戦争のようなことはしていないので、けんか別れではないというもの感情的には大きいようです。

 

と若い世代への質問だったので、韓国の学生が、反日感情よりも親日感情が強いのと同じように、

彼らは植民地支配されていたことを実際に経験しているわけではないということや、

国家レベルの関係と、私人同士の関係はやはり別物であることが大きいのかな?

あと、もともとマレーシアは国家レベルでもまだイギリス連邦の一員的な立場をとっているし、

コモンウェルスゲームにも参加しているくらいだから文化的にも交流はあるからそれが個人にも反映しているのかもと思ったり。

 

さらに、これも主観だが、前述の日本の中国への行いが…というくだりと同じように、

中華系の学生は、イギリスが統治した時代に中国人を経済的に尊重して、

今の経済においても国内では支配的な地位にあることなども上の世代からよく伝えられているのが

大きいのではないかと思った。

そういう点ではマレー系の学生と意見が違ってきそうである。

こんな感じでイギリスに関しては、やはり他の旧宗主国とは違った感情があるものの、

植民地支配されていたという単純な事実以上のものが人々の意識の中に根ざしているんだと実感した。

最後はまとまりのない感じでしたが、

 

もっとここを深めてほしいとか、こういうことを聞いてほしいとか、こういった視点から聞いてほしいとかあったら大歓迎です。

 

次回は

自国の何に対して問題意識を抱えているか(政治や経済など)、それに対してマレーシアの若者は解決策を考えてるのか?(マレーシアの若者は日頃ディスカッションとかするのか)

という質問に答えていきたいと思います。

2010年11月27日 (土)

マレーシア滞在紀 ~マレーシアの学生について~

この国の潜在能力や、将来性について学生や若者というところに視点をおいて考えてみた。

 

 

 

 

まずは言語

 

この国は英語が公用語である

 

 

マレー語(インドネシア語に近い)が話せる。

 

さらに人によっては中国語orヒンドゥー語も出来る

 

 

少なくとも私のいるUKMでは授業の基本的にマレー語であるが、

 

法学部や工学部(他は聞いてないけど)では、半分くらいの授業は英語で行っているし増えているので

 

ほとんどの学生がバイリンガルであり、中国系(華僑や華人)の学生に関しては、トリリンガルである。

 

さらにさらにそれらの言語以外の言語(例えば日本語や韓国語、フランス語)などが必修であるようだ。

 

 

さらにそれだけ語学に堪能なせいか、音をたくさん持っていて

 

日本人意外には難しかったTASUKUというものをかなり正確に発音できる。

 

これは凄いことだと思った!

 

 

しかも英語をネイティブであるので、英語の本や学術書で教養もつけられるし、学問も深められる。

 

最近海外の大学院を目指している友人が英語力が向上し、海外の文献をそのまま読めるようになった結果、

 

一気に選択肢の幅や世界が広がったと言っていたので、マレーシアの学生が nuclearに付いての文献を持ってるのを見たときは印象的でしたね。

 

 

 

そしてこちらの学生はよく勉強する。

 

ほとんどの学生が寮に入っているのもあって夜は基本的に勉強しているようである。

ホント感心するくらい机に向かっている。

 

少なくともルームメイトは深夜にネットゲームをしたり、友人の部屋にちょっこと遊びに行くけど

 

あとは勉強している。

 

お酒に重税がかかってる国なので、飲み会のようなものがなく

 

深夜まで飲んで、次の日遅刻して…みたいな負の循環はないようである。


カラオケもボーリングもゲーセンもあるけど、カラオケはやはり日本などに比べると娯楽は圧倒的に少ない。


 

 

さらに就職時にインターンシップが必須となっている(アメリカに似た就活のシステム)らしいので

 

申し込みの際には教授の推薦書などもいり、授業も比較的にマジメに出てるんだろうと予測される。

 

 

 

そして、まだ数人にしか話は聞いていないが、やはり金持ちになりたい、いい会社に入りたいという気持ちが強いので、日本の学生に比べて肉食系であると思う。

 

例えば、ペトロナスという石油を扱う会社が国を代表する会社なので、そこに入るために石油や資源に関係する環境科学と経済学を専攻している学生がいたりする。

 

国民あたりの国民総所得が日本の1/6で、物価が日本の約1/3であるから

 

物質的な豊かさや金銭的な豊かさへの憧れは強いのではないかと思う。

 

 

 

つまりここまでをまとめると

 

語学力において、現在国際社会で支配的な英語と、未来の経済NO1の中国の言葉が理解できて(少なくとも国民の1/4は)、言語教育や習得の素地もある。

 

学生や若者が勤勉であり、ハングリー精神にあふれている。

 

 

 

そしてプラス要素として他にも自然災害も少ない!

 

インドネシアと比べても火山も地震もないし、フィリピンみたいに台風もない

 

また、石油と言う資源もあるし、政治の安定度も高い

ってかずっと1党独裁状態www

 

 

 

 

こういった面でかなり将来性を感じる国であるし、勉強することや語学が出来ることが直ちに

 

発展の基も築くわけではないにしろ、やはり危機感は感じます。

 

日本の学生をはじめ、日本という国自体ももっと危機感を持つべきではないかと思います。

 

 

 

 

一緒に作業していて、彼らに対して自分が優れている面が

 

 

日本語にネイティブであることと、日本文化や日本の習慣に詳しいこと、スポーツができること

 

くらいかな?って思ってしまうことがあって、

 

日本語が必要ない場面では前の記事でも書いたけど

 

自分の強みとなるものはなんだろう?って思ってしまいます。

 

そしたら就職においても海外進出では日本語が必要とされない場面が多く、

 

むしろ中国語だったり、その現地の言葉や文化に精通しているほうが好まれるので、

 

 

パナソニックのような現地採用に力を入れる企業や

 

こういった流れhttp://p.tl/M2TP

 

の加速、増加によって、日本の若者は負けてしまうのでは…?と憂いを感じ

 

 

日本の将来を担う若者が負けるということは、ひいては、日本と言う国も危ないのでは…

 

と思ってしまう今日この頃です…。

 

 

もちろん自分を含めてもう少し広い視点を持って、考え行動していかなければならないなと思います。

 

 

今回はマレーシアのいいところばかりを書いたので、次はマレーシアの問題点について書いていこうと思います。

 

 

 

 

追伸

 

マレーシアについては色々と書いていこうと思っていたのですが、

 

自分のかかわっている学生がUKMの学生だけで、しかもほとんどが中華系ということで

 

それだけを聞いて、「マレーシアはこうだ!」とか「マレーシアの学生はこう思ってる」

 

というにはちょっと不適切かなぁと思って控えてます。

 

 

しかし、それでもせっかく一緒の部屋でマレーシア人の学生と生活し、みんなでご飯を食べに言ったりしているので

 

こういった条件下ですが、中華系マレーシア学生たちに聞いてほしいことを募集します。

 

WWⅡで大東亜共栄圏を旗印に占領していたイギリス軍を攻めた日本軍についてどう思ってるか?

とかマジメなことでも…

 

AKBなら誰が好 き?とかでもいいですよwww

 

2010年11月23日 (火)

マレーシア滞在紀 ~2週間経って~

昨日でようやくマレーシアに到着して2週間が経過し

 

 

同時に日本への帰国予定日が12月23日なので、ちょうど残りも1ヶ月となりました。

 

 

こちらでの観光の様子や遊んでいる場面の写真のUPばかりをmixiやfacebookでやっていたため、

 

こいつは遊びに来てるのか?!と思った人も多いかと思います。

 

事実、いきなりシンガポールへ行きましたが(笑)

 

 

観光や遊びの方はそういった面で報告できていると思うので

 

 

これまでのAIESECの活動の現状分析とこれからについてまとめて行きたいと思います。

 

 

まずは簡単にアウトライン的なもの。

 

到着第一週目は、気候や生活環境になれることから始まり、

 

マレーシアの学生と交流を図ったり、その文化や習慣というものについて調べたり考えたり

 

大学内の建物や施設、複数あるバスの路線についてや来る時間などを覚え、

 

AIESECという団体が日本の大学とでは多少異なるみたいなので、

 

組織やこれからの仕事の全体像や、その中での自分の役割というものを必死で捕らえていきました。

 

 

 

そして2週目では実際に仕事が始まり、

 

自分のチームの役割や自分の仕事について理解を深めて、行動に移してみて…

 

またルームメイトが新しく出来たため、彼や、彼のクラスメートと仲良くなる一方で

 

彼らを観察してよりマレーシアの学生について考えたりしていました。

 

 

途中で辛いものにも挑戦しすぎて体調不良になったり、部屋の虫に悩まされる日々が続きましたが

今日もミーティングがあり、明日までに終わらせるべき作業があったり…とそれなりに忙しい日々です。

 

 

 

で、具体的な仕事内容は!?というと

 

 

想像していたものをけっこう違う部分がありましたが、

 

研修内容は大きく分けると3つ

 

来年の5月に我らがUKMで開催されるEntrepreneurship & Youth - A Learning Network 2010 EYLN)の開催準備

 

自分の研修の最後に参加するUTM(マレーシアのまた違う大学)で行われる

Malaysia National Leadership Development Seminar MyLDSという会議(?)に出展するプラン作り

 

③現地の学生やAIESEC staffとの交流

 

 

①についてはUKMのAIESEC主催で3日間に渡って開催される、言ってみればビジネスコンテスト(KINGとか京大グローバルリーダーカップ)みたいなものを企画しています。

 

 

世界各国から学生を集めて(昨年は約10カ国、140人)、企業の人による講演や、お互いに持ち合ったプレゼンテーションなどをします。

 

議題はEcopreneurship or Green Entrepreneurship だそうです。

 

 

これの定義やら概念といったものは未だに完全には把握できていませんが…。

 

 

で、それをUKMのAIESECと俺のようなインターン(まだ俺1人)で仕事を組織化して行っている状況です。

 

参加者集めの広報活動から、企業スポンサーを募る営業から、参加学生の受け入れ対応準備から…

 

色々あるようです。といっても、まだ活動しているというよりは、企画立案や戦略を練っている段階ですが。。。

 

そして自分は何をしているかというと、Education Modulという3人チームのヒラで、

 

全体のAgenda作りと、内容を詰められるところを詰めたり(例えばアイスブレーキングはなにする)とか、BSRについてのコンテンツを立案提供など…

 

今日もAgendaの詳細について、チームのリーダー共にVice Presidentにつめられてきたところです。

 

②のMyLDSについては、はっきり言ってよく分かりません(笑)

 

 

UTMという大学で行われる上記のEYLNに近いものらしいですが、

 

こちらは1人の参加者として参加し、プレゼンをさせられるみたいです。

 

プレゼンの内容は、上記にあるEYLNでの”BSRについてのコンテンツを立案”を準用していいといわれていますが、

 

マレーシアにおけるビジネス(それも社会問題の解決に主眼をおいた社会性が強いもの)を提案してね。

 

って俺、1人に任されて、マレーシアの現状認識を深めたり、データー集めたり…と

 

ビジコンに3回出たってinterviewのときに言ったせいか、期待値が以上にデカい仕事の割り振りをされています。

 

 

現状としては1人でビジコンに参加する気分ですww

 

スライド作りなどもあるようですが、競合分析と市場の規模感とか色々と不明です…。

 

勝手にやっててね~けど、賞を期待してるよ~みたいな壮大なムチャぶりをくらっています。苦笑

 

 

 

③に関しては、言ってみれば遊びや食事中の語りなので、想像にお任せしますww

 

 

日本は……??とかマレーシアは……?みたいな質問が飛び交ってます。

 

日本を卑下するべきか、いいだろ~ってすべきか、なかなか迷いどころではあります。

 

 

 

こんな感じの日々ですが、取り組むべき課題と今後の姿勢を考えたときに

 

 

一番困っていることはやっぱり語学。英語が元々そんなに出来るわけではないのに加えて

 

マレーシアの学生たちは英語の

 

シングリッシュ(英語が公用語だけど、その国独自の発展を遂げている)の問題に近いものがマレーシアにもあるので、

 

かなり理解しずらい…。しかもいつマレー語から英語に切り替わったのか、英語から中国語に切り替わったのか…そういったものにもなかなか慣れません。。。

 

ちょっと差別みたいですが俺のチームのボスはインド系なのでより頭がごちゃごちゃになる…。

 

 

ただ、マレーシアの学生は日常から3つの言語や、そいうった様々な英語のクセに触れているので

 

俺の下手くそな英語をしっかり聞き取ってくれるので、それは救いとなっています。

 

 

ということで、これは早く慣れ、同時に英語の勉強を進めていく必要があります。

 

 

 

次は、こっちで取り扱っているテーマですが、まぁ四苦八苦しながらついていっています。

 

自分の感覚ではCSRだったり、いわゆる社会的起業をイメージしてしまうのですが、

 

どうもそのイメージとは違うみたいなので、そこんところはもう少し詳細に理解を深めていく必要はあるし、

 

彼らは英語の文献や、過去に参加したセミナーを基に考えているので、それらも読み解いていかないといけないみたいです。

 

 

話した感じだと

起業論、CSR、経営学をミックスしてごにゃごにゃしてる感じです。

 

Agendaでも起業家、企業のCSR担当者、銀行の財務関係の人、NGOとかNPO系の人…

などを呼ぶみたいだし。

 

事業の継続性(経営的観点からの継続性~事業の環境負荷を軽減しての継続性まで…)や、起業の利害関係者をどこまで認識するかという狭義のCRSも広義のCSRまで…

 

これらは説明するとと~っても長くなるから興味ある人は直接聞いてください。

専門に勉強している人がいたら語り合いです。

 

 

 

また、こういった作業の中で自分の独自色(オリジナリティ)をいかに出すかを、まだ模索中です。

 

毎年5~10人の海外からのインターンがこの研修には加わっているらしいので、

 

日本人ならでは、自分ならではのもので貢献していきたいですね。

 

 

もしかしたら俺にはなんもないかもしれないけど、なんもないということを認識することも必要だろうし、

 

強みとなるものの種みたいなのを見つけられたらと思います。

 

 

 

そして意外と大きいのがモチベーションの問題

 

来年の5月に行われる自分が参加できないイベントにどこまでモチベーションを維持できるか。

 

言うならば、私は今ゴールのないレースを走っているわけです。

 

今はまだまだやる気に満ちているが、これからもっと大変になったり、面倒な作業をするときに

 

ゴールまでの道のりでどこに(何に)やりがいを見つけていくか?

自分の中で何をゴールとするか?ということも課題だと思います。

 

 

 

 

最後にやはり異文化交流の問題

 

もはやいわゆる外国人と生活を共にすることは抵抗はないわけですが、交流の仕方の問題。

 

UKMのAIESECにはインド系の2人を除いて、あとはみな中国系(華僑、華人)のようです。

 

不明なのが数人いますが、確実にマレー系ではない。

 

ルームメイトもたまたまですが中国系で、その友人たちも中国人系…。

 

たまに自分がどこの国にいるのか分からなくなりますね…笑

 

 

ということで、今後マレー系の学生に近づくか、もしくはAIESECのメンバーとの関係を深めることに専念するか…

 

けっこうな悩みどころです。ムダに交友関係を広げても意味がないし、作業の成果には結びつかない。

 

しかし、国民の大半を占めるマレー系との交流なしにマレーシアで生活したといえるか…?

 

 

悩みどころです。

 

 

 

とりあえず、やり残したことや後悔をして帰らないようにしたい残り1ヶ月です。

 

 

以上、報告でした。

 

2010年11月17日 (水)

シンガポールへの旅 その2

今回はうってかわって情けない旅についてです。

 

 

前回の記事でシンガポールについて書きましたが、

 

 

その中で陸路を使っての始めての国境越えだといいました。

 

 

実はこれが自分にとって大きな事件を引き起こすきっかけだったわけです。

 

 

陸路からシンガポールへ行く道は、

 

ジョホール・バルという国境の街からシンガポールのバス会社のバスに乗ります。

 

 

これはマレーシアとシンガポールの出入国管理を経て

シンガポールの中心街であるクイーンズストリートバスターミナルまで連れて行ってくれます。

 

 

料金は前払い制なのでマレーシアでマレーシアの通貨を使って払います。2.2RM。(1RM=約30円)


 

 

 

で、シンガポールの島の最南端にある中心街まで着いてみて思ったのは、

 

俺は金がないってこと。

 

 


いちおう予備としてマレーシアリンギを250RMと日本円を8000円を持っていましたし、

 

 

一応、日本の銀行のカード(クレジット機能付き)と、citibankのワールドキャッシュカードも持っている。

それで慢心したのかな?

 

けど、シンガポールドルがない。。。。

 

空港では当たり前のようにあるけど、今回は陸路。しかもいきなり、中心街でバスターミナル。

なかなか両替所が見つからない。。。。

 

時刻は15時過ぎ。曜日は土曜日。けど意外と気分は、まぁいっかって楽観視。


 

銀行とかがやっているほうがレートがいいかなと思って、最初に見つけたちょっと怪しげの店を1つスルー。

 

 

時間も限られているので、マーライオンに向かってちょろちょろと歩き回りながら行く。

 

途中のショッピングセンターや、ホテルでATMを試してみたが

 

これが誤算で、どちらのカードも使えない…。

 

何で!?って思ったからカードのマークとATMのマークを確認したけど、原因不明。

 

citiに関してはciti専用じゃないけど、citiのマークが書いてあって使えるらしき機械を発見するも


10桁の番号を入力してくださいって出て…

あれ?10桁の番号とかないんですが…みたいなことに…。

 

 

そしてだんたんとマーライオンに近づくに連れて両替所とかなさそうな町並みになっていく。

 

 


マーライオン近くのATMで再度試してみてもやっぱりだめ。

 

あまりに粘ると、こちらにむけられた監視カメラが怖くなり、また焦りと湿気を帯びた暑さに汗がジワリ…

 

 

 

 

で、最悪、日本人に借りればいいか!って変なことを思いついたけど、マーライオンの周りはほとんど中国人系の人々…

 

言語が違う…。そして両替所はあると信じていたし、そんな勇気もない。

 

 

だんだんと日が暮れてきて焦りだす。。。。

 

とりあえず、世界6位といわれる金融街に両替所、もしくはciti専用のATMを求めて踏み込んでいく。

 

 

色々とムダにビルに入った結果、まだ受付らしき人が残っていたので道を尋ねると

 

 

両替所の場所を教えてくれた。

 

 

ということで足早に向かってみる…

が、

 

土曜日ということもありすでに閉店していた。

 

 

さすがにショックをうけながらも他の銀行へと向かうと(てか何故、銀行に両替所があると思ったんだろね?笑)

 

近くの小さなショッピングモールで念願のcitibankATMを発見!!

P1050897


 

 

日本語表記にも出来るし喜んでカードを差し込んでみるも…

 

ピー

 

ピー

 

無残にも何も出来ず。日本支社に連絡してくださいって表示が…

 

完全にやられた。アメリカでは使えたのに。。。。

 

さすがに土曜の夜にはアメリカドルからシンガポールドルへのtransaction&withdrawは無理だったみたい…。

 

いちおうATMには出来るみたいなことかいてあるんだけど。。。

 

そっからは地下鉄の駅にもぐってみたり、人に道を聞いてみて、行ってみて、すでに閉まっていて…

 

そんな繰り返し、ほんとによく探したよ。向かいのホーム、路地裏の窓、こんなところにいるはずもないのに。笑

 

こんな感じで探しながらも観光として写真も撮ることは忘れなかったけど、どこか不安でそんなに楽しめず…

 

 

人に聞きながら歩いていくと、周りはいつの間にか真っ暗

そしてついには雨も降ってきて、地図を見ずに歩き

 

 

迷子に…。

 

 

やってしまった。。。。

 

 

夜道に雨の中、1人で迷子…変な公園にさ迷いこんでしまって、抜け出してみても高級ショップの閉店した後…

 

 

あぁバスにもタクシーにも乗れない…

 

目星をつけてあったバックパッカー用の安宿もはるか遠く…。

 

 

日本円もあるし、隣の国で使える金もある。

 

けど、この国で使える金がない。。。

 

どんなに疲れてても、バスにも乗れねぇし、水も買えない…。

 

「世間はさぁ…冷てぇよなぁ。 」

 

 

という松岡修造の言葉を何回思い返したことか…苦笑

 

 

ここで、クレジットを使えよ!って思った人がいると思いますが、

 

ガイドブックに中途半端な店では危険なので使わないほうがいいと書いてあったので、

 

極力控えたいと思っていたし、何より使える店は高い!!てか使えるような店も周りになくなってる!

それに1ドルくらいのバスやタクシーでは使えないしね。

 

 

あと、俺が泊まろうと思っていた安宿では当然使えないので…。

 

 

と、無銭、疲労、雨、宿無し、身寄りのなしという状態に海外でなって思ったことは

 

 

俺は今まで貧困ってものをバカにしてたなぁって思った。

 

簡単に自分の考えを書くと

 

貧困なんて、経済発展のひずみであり、その国の政治だったりお金のある人がゆくゆくは解決すればいいもんだ

 

だから興味ないなぁって思ってましたし、ストリートチルドレンが…みたいなこと言われてもいまいちピンと来なかったけど、

 

 

自分がいざその環境になってみると

 

 

金がないことって

なんて辛いんだろうと。

 

 

欲しいものが買えないっていうお金のなさじゃなくて、生きるために必要なものが手に入れられないって状態…

 

しかもシンガポールは放浪者は逮捕される可能性のある国だし。。。

 

危機を感じましたね。

 

そして何より精神をむさぼりました。

 

周りで幸せそうにしている中国人系の若い集団とか、まじ羨望のまなざしで睨みましたし、

 

テロを初めとした様々な社会問題が貧困や経済格差から来る理由が分かった気がします。

 

 

 

結局その後にだいぶ歩きまわった結果

 

閉店間際の交換所が見つかって事なきを得ましたが。

P1050910

 

こんな精神状態になったのは貴重な経験でした。

 

 

ちなみに、帰りのバスは同じ会社の全く同じルートのバスを使ったのに、2.4ドル(1ドル=約65円)でした。

 

行きは2.2リンギです。実に2倍以上の価格差。。。なぞですw

 

2010年11月16日 (火)

シンガポールへの旅

どうも、マレーシアに滞在中のTASKです。

 

マレーシアでの日々の出来事を紹介していくつもりでしたが

 

 

これをやったとか、あれをしたとかだけではなく

 

少し考えを掘り下げて、色々な要素を織り交ぜながらまとめていきたいと思います。

 

せっかくブログを使っているのにただの旅行日記になるのもイヤなので

 

また更新がおくれてすみません、女子川さんw

 

 

そしてこれから2回はシンガポールへの旅で感じたことをつづっていきたいと思います。

 

 

 

まず簡単に概略を説明すると、私が住んでいるのはマレーシアの首都クアラルンプール

(厳密には隣の州ですが、その周辺と言うことで。。)

 

これはマレーシアの中東部に当たります。

 

 

そしてマレーシアの最南端にあるジョホール・バルという都市でシンガポールとは接してます。

 

シンガポールは島国なのでここから橋を使った陸路で行くことができます。

ということで、バスで4時間(帰りは5時間)、そっから国境を越えて中心街まで2時間の

片道7時間の旅をしてきました。

シンガポールという国に関して私より詳しい人も多いかと思いますが

シンガポールの簡単な歴史はイギリスの植民地で、日本軍の占領下、再びイギリスの統治下、マレーシア連邦の1州、1965年に独立といった感じです。

 

 

実に出来てまだ45歳の国なんですね。

 

 

日本人の旅行先としてもとてもよく知られているし、

 

シンガポールの象徴であるマーライオンも世界三大ガッカリとして有名ですね。

 

 

そんなシンガポールに行くにあたって今回最も注目したのが

 

シンガポールの法律や制度の厳しさ

 

俗に「明るい北朝鮮」と揶揄されるほどの国であるシンガポール

 

その理由として

 

1.開発独裁国家である

2.法律が厳しい(規制も刑罰も)

 

があげられると思う。

 

開発独裁の具体的な内容は

 

・形だけの選挙(選挙への干渉が日常化)

・徴兵制を行っており強力な軍隊を保持している

・報道規制(報道の自由度が178の国・地域で136位

 

しかしこの功績も大きいと思う。

金融街はアジアでもトップレベルで世界6位。

よくマーライオンのバックに移されるビル郡がまさにその金融の中心都市。

 

さらに港もアジアの海運の拠点、ハブ空港ならぬハブ港として香港と世界一を競っているらしいです。

 

これらは必然性があり必要性があったから政府によって行われてきたと思う。

 

例えば、シンガポールの国土は東京23区くらいの大きさ。

 

そういうと東京くらい栄える基盤はあるやん。って思う人もいると思いますが

 

それは間違いです。

 

東京には回りに埼玉、神奈川、千葉といった人口供給地兼マーケットが存在するから。

 

それ対してシンガポールは海に浮かぶ小さな島の国土のみ

 

彼らが生き残るには、国土の最適利用、国土の広さに関係なく勝負できるもの、地の利を生かす。

 

などのことがあげられると思う。

そう思っても出来ない国が多いわけだし、開発独裁の典型例であり、成功例であると思う。

 

ゆえに、実際にシンガポールに入ると町並みはほとんどが高層街で

 

他のアジアの国がしているような工場誘致ではなく、驚くほど背の高い金融街が形成されていた。

P1050882

 

イギリス植民地時代からの貿易港の発展

植民地支配が終わった後もなおも発展し続けていった街

 

またこれらが成功し、人々の生活が豊かになっているから自分たちの幸せな生活を享受し、

 

人々は成功している政治には無関心になり独裁が暗黙のうちに肯定される。

独裁=悪

民主主義=現代のスタンダード、善い国

って構図もどうかと思えてきた。

 

思えば、中国もほぼ独裁国家であるが、他の先進諸国不況に苦しむ中、

 

1人勝ちの状態にある。

 

それはひとえに独裁による意思決定プロセスの効率化やそれらを推し進める力があるからであろう。

 

そうなると、独裁されていても国の将来をむだに憂える必要のない幸せな国(表面的にでもあっても)と

 

国のリーダーについて常に不満を言いながら、国や自分の将来を憂いでいる民主主義の国

 

 

果たしてどっちがいいのだろうか?

少なくとも国民には前者の方が幸せなのか!?

と思ってしまったり…。

 

 

 

 

 

法律に関しては

 

http://blogs.yahoo.co.jp/hawkers_spore/322421.html

 

 

http://www.asia-station.com/living_fine.shtml

 

をご覧ください。

 

 

未だにムチ打ちといった身体刑や残酷な死刑のある国なんです。

 

日本にも死刑があるにはありますが、この国ほどではないし、基準も厳しい。

あとで知ったことですが、マレーシアにも同じような規定や刑罰はあるんですね。

けど、麻薬以外に関してはシンガポールほど厳しくないし、潔癖症か!?って突っ込みたくなる規制も多い。

特に有名な規定はガムに関してですね。

このHPや「地球の歩き方」にはガムも持ち込み禁止って書いてあったけど、さすがにそれはOK

 

けど、本当に販売は禁止されているようでした。もちろん路上に捨てることはダメ。(けっこう捨てあったけど)

P1050852

 

さらにいたるところに監視カメラがあって、防犯のためだけではないのはのだろうと思った。

シティーホールやシアターなどの近くにはこれでもか!?ってくらい付いてて笑っちゃいましたね。

P1050956

いたるところで誰かに監視されている気分になってけっしていい気はしなし、

出入国も厳しいからどっかで間違いを犯したら帰れないのか!?って思ったりで、これそこ管理社会という街でした…。

 

 

 

また、マレーシアの入国管理では手荷物検査がないのに、

 

シンガポール側では飛行機に乗る前のようなチェックがあり

 

タバコをチェックされている人もいました。1本ごとに税金がかかるらしいですね。

 

 

 

 

管理社会というとやはり前述の北朝鮮が思い浮かび、実際に”明るい北朝鮮”と揶揄されるわけですが、

政策の失敗や、軍事的な威嚇、思想面での問題など問題はかなり違ってきます。

 

とはいえ、実際に行った経験から、やはりこの一党独裁国家である点や法律や規制規制で守られた管理社会が

 

どこか北朝鮮と繋がっているのでは?と思い

 

それが、人々に恩恵も与えるし、厳しく規制をし自由を奪っているんだろうなぁ、

と、当たり前のように享受してきた日本の良さや自由ってものもすばらしさを感じた。

(北朝鮮には行ったことがないけれども)

 

 

ただ今の世の中、過度に自由になりすぎて足を引っ張るだけのメディアや民意よりも

 

強健なリーダーシップを発揮して導いてくれることもあるんだなぁ

 

そんなことも考えながらの旅でした。

 

2010年11月10日 (水)

マレーシアでの生活スタート!!

意気込んで出発してから計10時間くらいのフライトでやっとマレーシアに着きました。

成田までの2時間の電車と、マレーシアに着いてからの2時間くらいの電車で、ホントただ移動しただけの日でした。

同じ東南アジアの国と言うのに、移動だけでまる1日かかると思うとまだまだ人間は進歩の余地があるのかな?ってちょっとえらそうに考えたりします。

この中で思ったことは対して重要ではないので、箇条書きにして残したいと思います。

・羽田が国際化されたとはいえ、成田は混んでいた。平日の早朝だが、随所で並んだ。

・タイ航空の機内はきれいだった。椅子が3or4色で、広め。CAも民族衣装でちょっとうれしくなったwww

P1050535

・最近使ったユナイデット航空、スカイネットアジア、スカイマーク、タイ航空だと日本の2社がなんだかんだ一番キッチリしてて、他は適当。タイ航空に関してはいろいろとサービス面は充実してるけど、適当すぎて笑っちゃうところがありました。

・バンコク空港はいいね!建物デザインと内部での人の流れのアイデアが他と違っていいなぁ~と思った。

・それに対して、マレーシア空港は微妙だった。内部のデザインへのこだわりもあってキレイだけど、広すぎて迷うし、到着ゲートからロビーまでは果てしない距離…

・外国人用の入国審査ってどうしてこうも非効率なんだろう?アメリカのときもものすっごい待たされたけど、アメリカの場合は指紋と顔写真を採取し、さらに雑談するからかな? マレーシアはただ無言でスタンプ押されるだけなのに45分くらい待った…

・マレーシアのキットカットは丸いw

P1050600

・国立大学の専攻が意味不明なくらい多いし、デカイ!!

といった感じで、まぁ退屈な時間をキョロキョロしながら観察しておりました。

そして、入国審査で多大な時間を使った性で、現地のAIESECの担当者を待たせまくったが、なんとか合流。。。

冬が到来しかかっている日本からは想像も出来ない暑さと湿気を感じながらUKMへ

実際、体感気温は半端無くて、日本の夏くらいの過ごしにくさ。。。。

で、UKMの広大な敷地やアップダウンの激しいキャンパスに異国の情緒を感じながら

やっと寮に到着。

外観は予想していたのよりも、めっちゃきれいでわくわくしながら入ると…

インドと変わらんや~んwwwってなりましたww

飛行機から見たクアラルンプールの街の広がりや近代的な空港をよそに

いい生活してますね。

紙はなくホースのトイレ、水だけのシャワー、枕もシーツもないベッド、ファンがあるだけの空調…

P1050591

P1050592

まぁ想像してたけどねw

インドでの10日間はこういったものが、不満を言いながらも非日常の体験をおもしろ、おかしく感じていましたが、

マレーシアでの45日間はこれらが非日常から日常に変化していきます。というか変化させなければなりません。

けど、そんな非日常を味わえるから旅は楽しいわけだし、重たい気分に一瞬でもなった自分がばからしいです。

とはいえ、しばらくは自分の適応力とか生存能力が試され、鍛えられるのではないかと思います。

修行だと思って明日から日々精進です。

その中で、いかに楽しむのかを考えたいですww

また、日常生活で英語を使っているマレーシアの学生と、

未だに英語の勉強途上の私では会話のテンポやら語彙やらナマリなどなど様々なところで開きがあるようなので

とりあえずはそっちも克服しなければならなそうです。

さ~て明日から楽しみだ!!笑

余談ですが、

ちぐはぐぶろぐがやっとちぐはぐに回り出しました。

たぶん、これからも3人はこんな感じのマイペースな頻度で更新していくと思いますが、今後ともよろしくお願いします。

2010年11月 8日 (月)

いよいよ明日から…

明日からマレーシアなんだなぁと思うと不安と楽しみの両方がドキドキが混じって

感慨深くなりますね。。。

とりあえずAIESEC関係の書類や渡航に必要な書類関係を終わらせて…

VISA3ヶ月間は免除されるので、

それ以外の飛行機チケットやら保険やらその他の書類やら…

の負担は意外と少なく、アメリカにエージェントを使わずに短期留学とLAOB訪問をした経験が、こんなところで活きた形になってます。

その分、時間を裂けたのがマレーシアについての調査かなぁって思います。

研修が決まる前は、マレーシアだけじゃなくて、アジアの国々を周遊するのもいいなぁと思ってましたし、

行き当たりばったりで、どうにかしながら旅するバックパッカー的な能力を身につけるのもありだなって思ってたんですが

やっぱり自分は何かをする前に情報をきっちり整理して、事前にきっちりすぎるほど準備するのが自分のスタイルらしいです。

てか、そうしておかないと落ち着かないですw

よく言えば完璧主義者、悪く言えば小心者なんです。

ですが、今回は自分なりにがんばって、向こうでの週末はほぼノープランです。

といっても6回中2回は用事をいれてありますが。。。

色々とマレーシアを調べていくうちに、その週末の活動に関連して面白いことがあったので

紹介しておきます。

まず基本知識として、マレーシアの人口構成は

マレー系、つまり現住民族 (65%), 華人や華僑といった中華系 (25%), インド系 (9%) その他(1%)

そして、元々宗教などの違いからあまり仲良くなかったマレー人系と中華系は

マレー人を雇用、就学等の面で優遇するブミプトラという政策などの性で対立感情が強つなったらしい。

お互い干渉をしたり、暴力を振るったりするほどではないが、かなり明確に民族のグループが分かれているらしい。

だから大学では1日で2つのグループを行ったり来たりというのはお勧めされなかった。

さらにそれらの既存のグループに入るには、なかなか時間がかかるらしい。

アメリカの学校に行っていた経験のある友人が、マレーシアの大学に行ったときは、

始めはまるっきり友達が出来なくて大変だったといっていた。

同じ多民族、多国籍なのに差が歴然らしい。

ここまで聞くと、心配ごとや不安なことばかりが浮かんできますね。

しかし!いったんグループに入れてしまうと素晴らしい国らしいです。

マレーシア人はとても頻繁に実家に帰る国であり、

事実俺の現地でのAIESEC担当者は10月の週末はほとんど実家に帰るらしい

しかもわざわざ飛行機を使ってwwww

それはそれで凄いのだけど、その際に友達とかも連れて帰るのも普通だそうです。

別に出会ってからの期間もないし、国籍もそんなに関係ないらしいです。

1年間で1回しかいかない日本人留学生もいれば、毎週のように行く人もいるとか…

日本のようにおもてなしの精神があるわけではないが、けっこう楽しいらしい。。。

で、俺の場合…

まだ会ったこともないのに誘われた!笑

もちろん、現地でのことをメールで何度もやりとりしていますが、マレーシアについてもないのに

ホームタウンに来ないか?って…なかなかじゃない?

1) Lots of different FOOD from west malaysia, cheaper too

2) Different races from west malaysia

3) Beach and nice sunsets

4) Beer is cheap!! HAHAH!! YES!

こんな感じでアピールも十分だし…

ということで、仲良くなるには、宗教のことや文化のこと、さらには国の歴史的な問題などをしっかり認識していないと大変な国ではあるが、

仲良くなったら日本ではなかなかない経験を出来そうな国でもあるようです。

さて、どうなるかは自分次第。。。

がんばってきます!!

ブログネタや調査してほしいことなどがあったら気軽に言ってください!!

 

P.S

こういった慣習を利用して、家に連れいき、いかさまギャンブルを吹っかけて相当高額なお金をボッタくる犯罪も多いらしいので

観光としていく際はお気をつけくださいwwww

俺も気をつけよ…

2010年11月 5日 (金)

考えるのはそれからにしよう

今日は素敵な出会いがあった。

私の行くUKMがマレーシアの京大なら、UM(マラヤ大学)という日本で言う東大に留学していた友人に話を聞きに行った。

とても有意義な話を聞けたし、自分の知らないこと、知るべきことが少し明確になった気がする。

これに関しては借りた2冊の本とマハティールについてもう少し調べてからまとめようと思う。

 

 

その後にJICA地球ひろば主催の

人間の安全保障展関連セミナー「生物多様性と貧困―私たちの暮らし方―」 http://yonaoshi.info/Detail.php?eid=1252&cate=0

というイベントに参加してきました。

(このYONAOSHIというサイトは前期に製作を手伝っていたので、ついでに宣伝させていただきます)

 

Pa0_0003

参加した動機として

①JICAの組織や活動といったものを理解しておく

②あわよくばマレーシアのJICAを紹介してもらう

③題材に単純に興味があった。生物多様性と貧困がどうつながるのだろうか?

 

 

こんな下心丸出しな感じで行ってみたので、内容や感想をまとめてみたいと思います。

 

 

まず、どんなイベントだったかを説明すると…

規模は50人前後で、満席にはなっていなかった。

参加者は私と同じ20代から杖を突いたおじいさんまで幅広い。

講演の中で分かったことですが、仕事帰りのサラリーマンや公務員の方、さらにはタイのNGOの方、学者や専門家まで色々といました。

アナウンサーの福留功男さんも完全にプライベートで普通に参加してましたしw

 

 

各論的にまとめていくと…(③以降は迷走するので長くなります…)

 

①JICAの組織についてはこの講演の前に地球ひろばのスタッフに説明していただきました。

パンフレットも大量にいただけ…(たしかに批判したくなるのが分かる気がしますが…)

丁寧に質疑応答してくれました。

 

 

その中でも気になったのが、JICAの方針。

JICA地球ひろばでの展示でもそうなのですが、明確に「アフリカ」というものを意識していたこと。

活動も人員も方針の主軸はアフリカにあるそうです。

Pa0_0005

東南アジアはアジアの一員としてまだまだ責任はあるけど…といった感じでした。

 

私の行く肝心のマレーシアは?ということになると

 

A.クアラルンプール(以下クア)に関しては都市化が進んでいるので、ほとんど役割を終えているという意識らしい。むしろこれからクアでの成功案件を元にやっぱりアフリカの類似国にスタッフや技術者を移行するそうです。

 

B.ボルネオ島側のマレーシアは、まだまだ自然関係、特にオランウータンとかの保護では力を入れていくそうです。

 

しかしこちらはあまり俺に関係ない…。

 

 

途上国の中でも順位付けというものがあって、クアを含めたマレーシアは一応途上国扱いではあるが、途上国の中では上の段階に入るらしいので、次のフレーズに入っているといっていた。

とはいえ、関わり方やら支援内容が変化はするが、活動事態はあるらしい。

 

 

②ということで、紹介してもらおうと思った。

 

共同運営者の女子川含めて、友人の中でJICAに飛び込み(アポなし)でいった人が何人かいる。

そしてなんやかんやで素敵な出会いだったり、貴重な体験をしているようだった。詳しくは世界の女子川の記事を参照でお願いします。

 

でも、地球スタッフとしては、日本の本部に電話でアポをとって、そこからの紹介で行くことを薦められた。ま、当然だけど…w

 

多少めんどくさいが、対比する意味でもこちらの正式ルートのようなもので行こうと思う。

 

うん、完全にこれは決意表明で、もう逃げられないね。電話とか緊張するぅぅ~www

 

 

けど、自分の今回のテーマがBusiness with Social Responsibilities である以上、JICAの活動はSRの面で関係があり、対比も出来そうなので何らかの形で訪問したいと思う。

 

 

③に関してはまず、ロジックの整理をすると…

 

「貧困」とは色々な定義があるし、言語や人によって違いが生じる。

 

収入、孤独、空腹、寝るところ…などなど

 

しかし今回の場合は、JICAのTOP緒方貞子さんも提唱する

人間の安全保障に基づき、①欠乏からの自由 ②恐怖からの自由

がない人や脅威に晒されている人が「貧困」であると定義する。

 

一方で「生物多様性」とは? 英語で言うとBio-Diversityのこと

日本語では、遺伝子の多様性、種の多様性、生態系の多様性などの自然の豊かを指す、とする。

 

 

それらの生物多様性は人間に対して、生態系サービスという機能を持っている。

日本語にすると変な意味にとられがちであるが、英語ではEcosystem Services

イメージとしては人間が自然から享受するもの、得られるものってことです。

例えば、光合成による酸素の供給とか、食料・水の提供といったもの。なんも難しくはないw

その中の1つの「医療品の素材の提供」が今回のCOP10のメインテーマでもありました。

(ちなみに講演者の方もCOP10に参加していたとか…)

 

 

こっからはまくと…

生態系が失われる・崩れる→サービスが失われる→サービスに依存していた人たちが欠乏→乱開発状態→生態系の基盤が崩れる→自然資源の減少・経済への影響→貧困度が進み、貧困者が増える→奪い合い、紛争が起きる→弱者が安全を奪われる→欠乏と恐怖を覚える人々の増加→貧困の増加!!

 

ってことになります。

見事に繋がった!美しい!!笑

 

 

 

 

この後は、こういったJICAの関係している 生物多様性と貧困の案件を紹介…

 

といった感じでした。

 

 

エクアドルの社会的林業とか、ネパールとか、エチオピアとかの案件があったが、

 

大筋の流れでは森林などの自然を①守る(売らないようにさせる)②他の収入源を探る③効率的な農業の発展

 

1.では売らない用に推奨することで、売らなかった人には所得保障を…

2.森林の中から、木を切る以外に売れるものがあるんじゃぁ…?

3.では負荷価値の高いものを生産させてみる…?

 

といった流れ

 

 

ただ、それぞれの政策がその場凌ぎ感が否めない。。。

 

もう少し具体的なものに落とし込んでみると…

1.所得保障は林業中心の国では厳しいだろうし、供給量が減れば、自然と価格も高騰し、それを超える保障をし続けるのはより大変になる。

2.聞いた感じ微々たる物な気が…しかも、それをビジネス化すると結局は自然の生態系を崩してしまう結果になりそう。

この例だと野生のコーヒーは、栽培より質がいいから森林伐採より所得になる。というが、安定的供給や高品質を目指すと本末転倒に…

3.フェアトレードにいかに近づけるかを先進国が指導。

 

批判を浴びそうですが、フェアトレードって概念にそもそも無理な気がするんですよね。

能力や付加価値をつける手段を持つ者が、それらを持たざる者より利益を得るor富めるシステムって市場主義的には間違ってないわけだし。。。

前者を資本家的にみなし(資本を知であったり、ソースであったり)、途上国側を労働者とみなして無理な平等な実現をめざすのであれば、それは過去に失敗した共産主義的な気もする…。

 

とはいっても、昔のプランテーションや植民地みたいなのが人道的に言い訳でもないし、途上国が全く利益を得られない仕組みはさすがに持続可能な開発ではない…

けどけど、それらがダメだ!!って突っぱねたら、かならずより貧困の国とかに新しい代替地を見つけて、突っぱねた側がより貧困になったり…余計な金がかかったら、森林保全に拠出される先進国からの金も減るだろうし(多くが税金やCSR的なものから来てたりするから)…

 

 

という風に、ここら辺から頭の中がグルグルし始めました。。。。

 

まとまってないのですが、どこらへんで自分がまとまってないのかを確認する意味でも書かせてもらいましたw

 

 

 

何はともあれ、これはCOP10でも議論がまとまらなかった議題ですし

 

参加者の1人であったすっごい簡単に言うと「じゃぁ我々は何をすればいいんですか?」と聞いたときに明確な答えを示すことが出来なかったように、この議論は永遠と続いていくんだなぁと思いました。

 

 

だから、考えるのはそれからにしよう

 

自分にはまず、英語の勉強だったり、これらの議論についていくだけの知識や教養も無いわけだし、まず先に取り組むと決めたこともある。。。。

 

 

これを専門にやってる人たちでも結論が出ないことを中途半端に取り組んだってダメだ。

 

考えるのはそれからにしよう。

 

ただ、こういうことって結論は出ないが、身近なところでも世界規模でも問題としてそのうち顕在化してくるので、頭の隅には常に置いて考え続けていかなければならないんだな

って思った。

 

 

前述の①②③の点において

収穫があるようでなかったようなJICAでの講演会だった…

 

もう出発まで時間が少ないからあまり興味の幅をひろげすぎないようにと反省。

けど、意見や質問等は大歓迎です!!

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