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2010年12月

2010年12月26日 (日)

For Malaysia Friends ~special edition~

Hello!!

This blog is shared with my friends, and we usually write this blog in Japanese language, but only today, I wrote in English to say great thanks for Malaysian Friends.

 

I came back to Japan from Cambodia, I enjoyed sightseeing in Cambodia.

There are many world heritage for example Angkor Wat.

However I think there are more beautiful and brilliant memories in Malaysia than Cambodia because there are many encounters with friends and we share difficulty but fun experience in Malaysia.

I think this experiences are treasure for life forever.

 

Please keep in tough with me through facebook. And when you visit to Japan, please inform me.

I'll be you guide in Japan.

 

 

agenda

1.For friends in MyLDS

2.For UKM AIESECers

3.For UKM friends excluding AIESECer,

4.For friends who live in Kuching

 

1.For friends in MyLDS

As you know, I was a only participant who came from Japan but I'm not AIESECer in Japan.

I was one of UKM AIESECer as an intern student.

Before MyLDS, I joined UKM AISEC project for   4 weeks+α. So I was not international delegate nor representative of AIESEC Japan. Maybe this fact made you confused.

Due to this condition, my sugar cube was at UKM area, if you searched me at international delegate area, I'm sorry. And also, I want to say sorry for that I couldn't reply sugar cube for many people. But I certainly receive your sugar cubes and read all of them two or three times.

Thank you very very much for your sweet messages that cheered up me and for your kindness through the MyLDS.

 

P.S

Special thanks for Teammate(group 3).

I really proud of Sisco(our team) and the experience of winning of MyLDS. I got too much shampoos to bring them back to Japan.haha

 

 

 

2.For UKM AIESECers

I stayed UKM from 9th Nov, so some friends meet me in the former days in this staying. Some   friends meet me at pre-MyLDS. Others friend meet me at meeting. There are so many and various encounters.

I really enjoyed to work and have meetings with you! Also I enjoyed so much going sightseeing with you guys! Midvalley, KLCC, Bowling ,Malacca, LCCT etc.

 

However I think the best memory of Malaysia is the MyLDS. Then we share the tough experience that we can't sleep less than 4 hours, bad condition of accommodation, and not tasty food and so on... These tough experience changed for fun and funny memories.

 

And of course dancing roll call and square dances with you guys were very very fun.

Whenever I listen the songs that were used in  roll call and square dances, these remind me the scene of MyLDS. Therefore it's happy to remind you guys about me when you hear or do the Japanese roll call, for example, Yoga-chinchin.haha

 

In the result, I believe I and UKM AIESECers became real “NAKAMA” (なかま) through these experience.

 

13907

(sorry Sexy Cheng.haha)

We are “SUGOI”(すごい)!!

 

I'll never forget you guys!!

Finally I want to express my thanks for you guys and I hope EYLN will be succeed from bottom of hearts!!

And I always miss you guys and I'm looking forward to seeing your pictures!! Please tag me sometimes.haha

 

P.S

I'm worried if I infect you my fever and cought becauise I had fever before Pre-MyLDS and I did cough many times...

If you are bad health, take care!!

 

 

 

For some friends,

I'm sorry for not being call your names.... because of my poor abilities to remember the name and pronounce the Chinese name....

Even if I didn't call your name in MyLDS or Pre-MyLDS, I'm sure I remember you guys!!

Please keep in tough with me.

 

 

 

3.For UKM friends excluding AIESECer,

For for example Loong(my roommate) and his classmate, thank you for you guys!

I enjoyed going lunch and dinner with you guys! I was really amazed to see and hear your earnestness because you have seriousness for studying and interest in Policies .

Although accommodation(Zaba) are Severe, I enjoyed staying and survive in UKM Zaba, I own you guys,

I'm sorry and I feel sad that I couldn't say “see you again”  face to face. But I'm sure I receive your letter from Loong !! I really appreciate you guys!!

 

 

For Ken and his friends....

I'm very sorry and I feel sad that I couldn't say “see you again” face to face. And thank you for invite the dinner to eat satay! That taste of satay and coldness in the bus that we rode to go back to UKM.haha

 

 

For Gan

Did you remember we met at same restaurant that we had been to together.

That was very fun. Thank you!!

 

 

4.For friends who live in Kuching

For Paula-san and Stella and other Kuching friends, especially Mama-san

I think Kuching is strong memories because of Geraldine family and her friends.

I enjoyed  I never forget.

 

Especially Paula-san, I was amazed and surprise your powerful and kindness.

I think we are tired staying and hiking Bako National park but you were so Genki and go your work without scruple in the next day. Haha

Please keep studying Japanese language and I think you can be a top of Shinjuku Baishunfu.haha

 

For Mama-san I appreciate for that you take care for me and treating me. You are much more kind than my real Mama-san. The bag that you repaired is my treasure now. I'll send you my pictures when we took in garden with your vegetables.haha

I've already heard your address  from Geraldine so please look forward my pictures,haha

Paular-san do you need Japanese food or toys??

 

 

For stella

Do your best in your relationship with good guy!! haha

I approve your hide skill of Japanese, and your charming, don't be shy!

I hope you will be succeed in your aim for your lover.haha

In the last I want to say "Thank you" again, and I never forget this trip!!!

Thank you!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

I'll be back to Malaysia someday!!

 

 

2010年12月16日 (木)

<企画案>読書会

mixiで告知した読書会についての企画を紹介したいと思います。


まず初めに、なぜこれをやろうと思ったか。
とあるキッカケで出会った一つ下の男の子が、自分がやってみたいと思ってた企画を実行していて、「こいつかっこええな」と思ったからです。
はい、それだけですww

なんで、近いうちに、その彼の企画にも参加してみようと思ってるんですが、


「やっぱ、自分でもやってみたい!!」


って気持ちが抑えられず、実行に移すことにしました。




以下、自分が考えている企画を書くので、ダメ出しお願いします。

それから、初回は21日、26日のどちらかにしようと思ってます。
思いっきり、個人的理由ですw

それが無理なら、年明けでもええかなー、と。
ただ、そんなに焦ってやっても仕方ないけど、とりあえずやってみたいって気持ちもあるんで、できれば年内に一回やりたいです。


<案①>
「みんなで同じ本を読む」

みんなで同じ本を読み、その内容についてディスカッションするパターンです。

○メリット
・一つのテーマについて深く掘り下げていける
・参加者意識を持ちやすい
・新たなネットワークづくりができる

○デメリット
・ファシリテーター(進行役)が必要
・予備知識の有無で、議論がうまくいくわからない
・参加者が少人数にならざるをえない

こっちのパターンでは、第一回は『ブルーセーター』をテーマにしようかと思ってます。
理由は、まあいろいろですw

特に面白い企画とかはなく、一人一人が読んだ感想を述べて、その後にお互い意見を言い合う形です。

感想一人5分×6人=30分
ディスカッション=60分

くらいが適切かと思います。
ファシリテーターは、初回だけは自分でやろうと思ってます。





<案②>
「テーマを決めて、それに関する本を読んできてプレゼンする」

読みたい本を読んできてもらって、それについて紹介するパターンです。
テーマはできるだけざっくり(「経済」とか「教育」とか)にして、幅を広くしておきます。

○メリット
・たくさんの本に触れられる
・プレゼンテーションスキルの養成
・オーディエンスも入れれば、たくさんの人が参加できる

○デメリット
・それなりの準備が必要
・プレゼンの仕方次第では、一方通行になってしまう
・自己完結してしまう
・そもそも、オーディエンスとか来てくれるん?(笑)

こっちのパターンは、いろいろ面白い企画はやりやすいかなーと思ってます。

オーディエンスの参加費=実費+αにして、一番いいプレゼンに対して、賞金を与える。
逆に、オーディエンスには、抽選でプレゼンターの読んだ本を差し上げる。

とか。
単純にプレゼンした者同士で本を交換したりもできるしね。





細かいことは、どっちかに決まってからにします。
今週中にはどちらかに決めます。

ちなみにやるなら、どっかの会議室を借りてやるんで、実費負担くらいはしてもらう必要があるかなーと。

内輪でやるだけなら、案①の方が気楽なんやろけどなー。
なんかもっと輪を広げたいとも、思ったり思わなかったり。



ついでに、一緒に企画してくれる人も募集しますww

2010年12月12日 (日)

マレーシア滞在紀 ~マレーシアの学生への質問2~

どうも、最近体調を崩して、発熱、腹痛、口内炎などなどの症状に悩まされていました。

せっかくの美味しいマレーシアの料理も満喫できない、口内炎でしゃべるのも痛い…といった

マレーシアにいるのにとても損をしている気分になる生活を送っていました(;ω;)

やはり、旅やこういった海外での活動だけに限らず、健康が第一だと改めて実感させられました。。。

ということで、

前回に引き続きtwitterでいただいた質問に答えていきたいと思います。

 

 

>自国の何に対して問題意識を抱えているか(政治や経済など)、それに対してマレーシアの若者は解決策を考えてるのか?(マレーシアの若者は日頃ディスカッションとかするのか)


 

前回も出てきた②の学生たち、ルームメイトとそのクラスメイトたちに聞いたところ

 

「国会や議会の雨漏りがよくないよね。」って…

 

ん?

こいつらふざけてるのか?それとも俺の聞き間違えか?と思ったら、その後がなんとも印象深い…。


 

「こういった公共の施設の雨漏り修復工事(部分的な工事)に、多額の税金が使われていることが問題だよ。

 

立て替えるのにまずお金がたくさん投資されて、さらに一部を直すだけの作業にも多額(具体的金額は忘れましたw)が注ぎ込まれている。

 

これは賄賂とかもあるだろうし、政治家のポケットにお金が行ってるからひどいもんだ。

 

建設問題だよ、建設問題、だから雨漏りが問題だよ」


 

と言い、国内政治の腐敗について痛烈に批判していた。


事前知識として、マレーシアでは首都であるクアラルンプール(以下、KL)から

 

 

行政や政治の機能をプトラジャヤに移転する計画が進んでいる(正確には議事堂をKLに残し法律上も首都をKLとしているが…)

日本で言う埼玉北部から栃木南部くらいの広い土地に国会議事堂やら議会、省庁を移して

1つの巨大な行政ビル街を築いた(まだ言ってないけど、車がないと観光が難しいほど大きな街らしい)


だから、移転したばかりの街でもう修復工事!?しかも額が信じられんぞ?!って感じなんだろうと思った。

 


今までは国の発展のために、政府主導で開発が行われ、人々のニーズを満たしていくし、それに人々は満足し欠乏を満たしていく

やがて人々が豊かになりだすと、そういった行政の腐敗であったり、利権を争う政治家たちの出現、1党独裁の体制に懐疑的になりだす。

そして自然と人々の目線はそういったいわゆるズルであったり甘い蜜を吸っているものに批判の目を向け始める…。


なんか日本の戦後の歴史にかぶってみえるところがあって面白かったな。


 

で、マレーシアの学生側からは、「日本はこういった金の話はどうなんだ?」って言われたから

「日本は政治での資金の法律が厳しくなっているよ。それでもたまに事件はあるけど、むしろメディアとかの監視が厳しすぎて行政にかえって悪い影響を与えている気がするけど」

このような個人的な見解を述べさせてもらいましたが、

経済発展→政治腐敗→民衆のデモ→ルールの制定→…

今後マレーシアの政治がどうなっていくのか楽しみですね。

 

 

 

というのも、「マレーシアはデモ活動が厳しく制限されている国なので、若者が立ち上がることが出来ない」国であるらしいので。

 



また、他の学生はブミプトラ政策が最大の問題だと述べていました。

「プミプトラ政策はマレー人にしか良い点がない。中華系やインド系にとっては悪いことしかない。

特に少数のインド系には厳しいものだ。大学や職業の制限がされるから、不平等だ。

さらに、この政策のせいでマレーシア企業の国際化は遅れいてるし、マーケットの魅力も無くなっている。

特に金融では上場企業の30%の株式をマレー人に優先配分しないといけないから外資や外国からの投資の対象として魅力が無くってるよ。

この政策が無かったらマレーシアはシンガポールよりも発展してたと思うよ」

 


と、一気に続けて書いてしまいましたが、昼食と夕食に続く彼の主張を簡単にまとめるとこんな感じです。


特に印象的だったは、まわりのマレー系の位置を確認してから「I hate that policy」とhateって単語を使っちゃっている点でしたね。

あと、シンガポールへの憧れや完全に別の国という意識だと言っていたのに、やはり、経済の発展度ではシンガポールに負けているという意識があるようでそれはそれで面白い。

 


解決策はやっぱりデモなどが厳しく規制されているので無理だから勉強しかないみたい。

勉強するしか現状としてはないらしい。。

 


他の学生でもブミプトラ政策に関しては同じような不満を言っていたし、もう少し個人ベースの問題に落とし込んだ質問とかもしたんですが、文量が多くなるので今回は控えておきます。

 

 



また、別のボルネオ島のサラワク出身の学生は

サラワクやサバ(どちらもボルネオ島の州)はKLに搾取されている!といっていた。

KLはマレー半島にあって、そちらにもスズなどの鉱山資源はあるが、サラワクには、石炭、原油、天然ガス などの資源がある。→しかも石炭以外は世界シェアの1%を握るほどの産出量であるらしい。

なのにインフラとかの整備とか遅れてるし、今では生活必需品も朝は通じないし時に夜も…!!!!


という不満を言っていました。けどなんだかんだで幸せそうだったので、たいした問題ではないのかもww

中心街は立派な町並みだったけど、確かに郊外の道路はけっこうボコボコだったりするし、

なによりネットが住宅街全体でつかえなくなったりするらしい。

そして彼らはネットが使えなくなることを「suck」という表現を使っている。

suckには搾取って意味があるから…ってのはちょっと自分の考えすぎかな?(ひどいって意味が性格だと思う。)


 

ただ、日本とマレーシアという全く違う国なのに、夕食を囲みながら、もしくは、お酒を片手に自国の政治について不満を垂れると、普段は日本の政治ばかりを憂えたり心配してたけど、どこの国も政治への不満ってあまり変わらないんだなぁ~と妙に親近感がわいてきた日々でした。

 

2010年12月10日 (金)

小さな大国 踊る街、台湾

みなさん、お久しぶりです。
気付いたら、1カ月近く記事をお休みしていたようで・・・・多分、3人で共同運営していなかったら、このブログ自体、終わっていたように思います。
もうちょっと頑張れ、オレ(笑)

タイトルは一生懸命考えたんですが、こんなのしか思い浮かびませんでした・・・・・
もっとこういう部分のセンスも磨いていきたいです。


そんなわけで、12月2日~7日まで、台湾に行ってきました!
前の週にとある授業で「来週は休講です」って言われて、「5日も休みが続くなら、どっか行くしかないやろ!」ってことで、急きょ決まった旅でした。

今回の旅のテーマは


「台湾 鉄道で一周の旅」


です。

台湾沿岸部は鉄道がかなり整備されていて、それで島を一周したら楽しいかなー、とそんな軽いきっかけです。

都市名を挙げても、わかる人は少ないかと思いますが・・・・


台北→基隆→九份→瑞芳→花蓮→台東→高雄→彰化→鹿港→台北


と巡ってきました。

僕自身の旅について一つ一つ挙げると細かくなってしまうので、それについては書きません。興味がある方は、コメントくださいw




なんで、『台湾』という国に対して、全体的に思ったことを書いてみようと思います。



僕が台湾に対して一番感じたことは、日本と似た雰囲気を持った国やなー、ということ。

それにはもちろん、戦前の日本軍統治が大きな影響を与えている(地名に田中とか豊田とか、明らか日本が名付けたと思われるもの多数)のは言わずもがななんやろけど、それにしても似てる。
台湾人は中国語(北京語)を話しますが、「中国人」と言うよりは、かなり「日本人」に近いと感じました。

その要因の一つに、国民性ってのが挙げられると思います。
国民性なんて結局個人の問題やろ、と思うかもしれんけど、やっぱり根底に流れる血は争えないと思う。

例えば、どんな点に共通性を感じたかと言うと・・・

サービスを提供する側の姿勢、他者(特に老人)への気遣いなど。
抽象的で、ごめんなさい(笑)



体で感じたものなんで言葉にするのは難しいんですが。一応説明すると、例えば、サービスの面。

台湾では、どんな店に行っても「謝謝」と最後に言われます。日本でも大体の店が「ありがとうござしました」と最後に言います。これをマニュアル化した感情のない言葉と思う人もいるかもしれませんが、言われるのと言われないのとでは、言われた方が絶対にサービスの受け手としては嬉しい。

ほな、諸外国はどうか。
僕はそれほど海外経験は多くないですが、中国では不機嫌そうな顔した店員が多いし、オーストラリアは両極端って感じでした。(そういった意味では、中国のアンダーグラウンドマーケットのサービスは、評価できるのかも)
確かに理論としては、サービスの与え手はサービスを提供し、受け手はそれに対して対価を払う。そこには等価交換が成立しているから、笑顔や感謝の言葉を加える必要は、ないと言えばない。別に笑顔が欲しくてお金を払ってるわけではないから。笑顔なら、マクドナルドでタダで手に入るし(笑)

結局、何が言いたいのかっていうと、笑顔や感謝があった方が、サービスの受け手の気持ち的な部分においてプラスアルファを与えることができる。
提供する側は、少しでも多くのお客さんに来てもらうことが大切なんやから、受け手を気持ち良くしてあげようって姿勢でいる必要があると、僕は思うわけです。
台湾のサービスにおいて、その提供する側の姿勢が、日本と似ているものがあったなー、と思ったって話です。


サービスの話が、自分が思っていたよりも長くなってしまったので、残りをはしょりますww

他者への気遣いという面では、台湾は高齢者に対する扱いがハンパなくいい。向こうの老人はびっくりするくらい元気なんやけど(公共温泉で泳いだり、朝からみんなでラジオ体操したり)、それは社会全体で彼らを尊重する風潮が出いているからなのかなー、となんとなく思いました。ちゃんと調べたわけではないので、公共のサービスがどうなっているのかとかはわかりませんww

日本は正直、ここまでではないと思います。
けど、僕がいつも思っていること。それは、日本人もそういった考えを持った国民だということ。あるのは、実践できるかできないかの違いだけだと思います。まあ、それが大きな違いなんでしょうけど。でも、日本の高齢者も世界的に見れば恵まれてると思います。それは、日本が長寿国であることが証明してますし。
ちなみに、台湾と日本の高齢者の人口比率は共に10%で(台湾:台湾経済建設委員会調べ、日本:総務省調べ)、人口構成も似ています。そんな客観的事実もまた、共通性を生む要因となっているのかなー、と思います。



あ、あと、主力産業が電化製品、ってか技術分野って点も似てる。
どっちも資源がない国やから、技術で世界と争うしかなかったんやろね。
でも、台湾の技術はかなりすごかった。電化製品博覧会(?)みたいなんに行ったんやけど、日本と大差ないです。
そんな僕のスマートフォンは、台湾製HTC desireです。

Imag0347
日本でもこんな風に宣伝すれば、絶対もっと売れるのに・・・・(笑)









とまあ、ダラダラと書き綴ってきましたが、今回はあんまり外国に行った気分ではなかったですww

ただ、中華圏独特の油のニオイと、僕が中国人っぽい顔やからか、毎日いろんな人から中国語で話しかけられてたことが、外国であるってことを認識させてくれましたけど(笑)

バックパッカー向けの宿はほとんどないし、バックパッカー自体少なかったし、物価高いし、庶民もそういった人に慣れてない感じがしたし(それはそれで面白かったんやけど)、台湾は個人旅行には向いてないかもしれなかったですね。リサーチ不足でした。



最後に。

台湾人のフレンドリーさは、今の日本と言うよりも、一昔前の日本に似ているように思います。今の日本が忘れてしまったものを、彼らは今も持ち続けているように感じました。

こんな若造が言うのも、なんなんですけどね。




今回できた、友人です。
当たり前ですが、←が僕です(笑)Imag0255_2 

2010年12月 3日 (金)

マレーシア滞在紀 ~マレーシアの学生への質問~

前回は、こちらの学生について書いたんですが、書いた後で文章や内容の稚拙さに自分でも驚いてしまいました。

 

なんというか、一般論的なことを自分の経験と結び付けているけど、けっきょく一般論に終始しているというか…。

 

 

本来なら今回はブミプトラ政策について説明しようと思ったのですが、一般論やすでに説明などがあるものに関しては

 

wikiとかで調べていただいたほうが分かりやすそうなので

 

 

今回はtwitterで募集した質問や疑問について答えていこうと思います。

そっちの方がマレーシアの大学にいるオリジナリティも出るかなぁと。

 

そしたら自然とブミプトラなどに繋がってしまったのが不思議なんですけどね。

けど、長くなりすぎたので、それは次回w

 

 

 

今回の対象者は①マラッカに一緒に行って、独立宣言記念館(マレーシアの歴史)や海の博物館(海に関する歴史を展示)に一緒に行った4人の学生(AIESECの学生)や、

②私のUKMでのルームメイトとそのクラスメイトたち(こちらは理系の中華系の学生)です。

 

 

 

>東南アジアの人たちが植民地支配をしていたヨーロッパ諸国に対してどんな感情を持っているのかも気になります!

 

①ポルトガルやオランダに関しては、歴史の授業でならったことという認識であるそうです。

そういう事実があって…歴史がこういう流れで…イギリスになったんだ。って感じで特に思いいれもない様子。

学校でやったことを思い出しながら博物館を周る姿にちょっと驚いたけど…。

 

イギリスに関しては後述。

 

 

日本の戦時中の行いについて

>今の学生がどう思ってるかは興味あるねえ。教育とか歴史観が反映されるわけだから。

 

①こちらも博物館では特に上記の国と同じ扱い。マレー作戦の中の、「自転車知ってるよ~」とか、日本の学生よりもさすがに詳しいけど、反日感情があるわけでも、日本のお陰で次のゾーンのナショナリズムの高まりに続いたって感じではなかった。

これは歴史教育の問題だろうと後から気づいたので、これも後述。

ただ日本の占領下での善良な統治に関しては、評価しているようだった。

 

P1060482

②ルームメイトたちへの質問で、どうなんだ?って聞いたときには

やはり日本の史実については詳しい。しかし、どうやって教えられるかというとやはり勝者の歴史ではないが、

 

あくまで連合国に対して、反旗を翻した日独伊の3国の1国ということで、

そのときの日本を取り巻く状況や中国や米国との戦前の微妙な関係、アジアで大東亜共栄圏を掲げて宗主国を破ったことでナショナリズムの高まりを起こしてアジアの独立に貢献した、

という意識は薄いのかなぁ?と感じた。

 

むしろ歴史教育では、前述のとおり「マレーシアで何をした?」ということに注力を注がれているようだった。

 

しかも1人の学生に関してはおじいさんだか、曾おじいさんが戦時中に中国にいたので

WWⅡで日本は中国に酷いことをしたし、酷いことをされたと被害者的に聞かされているから、むしろWWⅡ中の日本への印象は悪いといっている学生もいた。

 

あくまで予測だけど、当時のマレーにいた中華系の人たちも、日本軍からは恩恵をウケルどころか迫害をうけていたのかな?と思った。

 

ただ、マレー系住民に関しては、統治も良かったし、WWⅡ中の日本は印象はいいのでは?と言っていた。

 

公的な教育以外で価値観や歴史観を形成する要素として、親族や尊属から言われたことが大きいというのは、これは面白いと思った。

 

 

イギリスに関しては、②の学生たちにちょっと色を変えてみて質問してみました。

内容としては韓国や中国の反日感情やデモの話。未だに謝罪を要求されている現状などをと対比して言うと…

イギリスに対してはアンチではなく、むしろ、驚くほど好意的だった。

まずマレーシアの発展の基礎を作ってくれた役割が大きい点。

マレーシアはあくまで資源国家であるから、それを取引する国だったり、製品化に結びつけるという役割を担う国が必要であるから。

 

それに独立戦争のようなことはしていないので、けんか別れではないというもの感情的には大きいようです。

 

と若い世代への質問だったので、韓国の学生が、反日感情よりも親日感情が強いのと同じように、

彼らは植民地支配されていたことを実際に経験しているわけではないということや、

国家レベルの関係と、私人同士の関係はやはり別物であることが大きいのかな?

あと、もともとマレーシアは国家レベルでもまだイギリス連邦の一員的な立場をとっているし、

コモンウェルスゲームにも参加しているくらいだから文化的にも交流はあるからそれが個人にも反映しているのかもと思ったり。

 

さらに、これも主観だが、前述の日本の中国への行いが…というくだりと同じように、

中華系の学生は、イギリスが統治した時代に中国人を経済的に尊重して、

今の経済においても国内では支配的な地位にあることなども上の世代からよく伝えられているのが

大きいのではないかと思った。

そういう点ではマレー系の学生と意見が違ってきそうである。

こんな感じでイギリスに関しては、やはり他の旧宗主国とは違った感情があるものの、

植民地支配されていたという単純な事実以上のものが人々の意識の中に根ざしているんだと実感した。

最後はまとまりのない感じでしたが、

 

もっとここを深めてほしいとか、こういうことを聞いてほしいとか、こういった視点から聞いてほしいとかあったら大歓迎です。

 

次回は

自国の何に対して問題意識を抱えているか(政治や経済など)、それに対してマレーシアの若者は解決策を考えてるのか?(マレーシアの若者は日頃ディスカッションとかするのか)

という質問に答えていきたいと思います。

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